【熟成肉】安易な熟成は腐った肉を作る!
2019.8.6

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今は『熟成肉』とネットで検索すれば熟成肉の情報がたくさん出てきます。
赤身肉ブーム・熟成肉ブームによって熟成肉はすっかりメジャーなものになって多くの人から人気を得るようになり、一昔前よりも気軽に食べられるようになったと思います。
動画サイトやブログなどで熟成肉の作り方や肉の食べ比べ、味やフレーバーの違いについての説明や感想も知る事ができますよね。
熟成肉が市民権を得たなぁと感じます。
しかし…熟成方法は様々有るので一概に否定するわけでは無いのですが、ドライエイジングの手法で作る熟成肉に関しては是非注意して欲しいとも思っています。
なぜなら熟成と腐敗は背中合わせとも言える微妙な関係で、ほんの少しの環境の差であっという間に腐敗に傾いてしまうからです。
私たち小川畜産興業も、熟成肉を扱い始めた頃は何度も肉を腐らせました。

という事で、今回はドライエイジングと熟成・腐敗についてご紹介したいと思います!

ドライエイジングとは?

食肉の熟成方法には大別すると【ドライエイジング】と【ウェットエイジング】があります。
ドライエイジングは単語の意味そのままですが、乾かして熟成させる方法。
ウェットエイジングは乾かさないで熟成させる方法です。
ウェットエイジングの場合は食肉を加工して真空パックし、それを置いておく事で熟成を進めます。
対してドライエイジングは食肉を熟成庫に入れて風を当て、水分を飛ばして乾燥させながら熟成を進める方法です。

食肉の熟成は低温下で行う

食肉を熟成させる際は、温度の低い環境が必要です。
屠畜した肉を低温で保存する事で酵素やアミノ酸の働きによって熟成が進み、硬い肉が柔らかくなって旨味も増していきます。
この時に熟成庫内の温度が高くなると細菌や微生物の動きが活発になるので、温度管理は非常に大切です。
温度は4℃以下というのが、どちらの食肉加工業者さんでも大抵は共通だと思います。

湿度は90%以下!

ドライエイジングで熟成を進める時の熟成庫の中の湿度は90%以下。
これは湿度90%を超えると食肉が腐敗に向かいやすくなると言われているからです。
ちなみに小川畜産興業では庫内温度は1〜3%、湿度は75%〜85%に保っています。

風を当てて乾かしていく!

温度と湿度を整えた熟成庫内で、食肉に風を当てながら乾かしていきます。
この時にポイントになるのは『どんな肉を熟成させるのか』ということです。
肉の水分は脂身ではなくて赤身部分の中にあります。なので赤身の多い肉ほど強い風を当てて素早く乾かす必要があるんです。
一方で日本の和牛などサシが入った脂身の多い食肉は、赤身肉と同じように風を当て続けると水分が少ないのでカラカラに…。
なので、脂身の多い肉にガンガン風を当てていくのはあまり向いていないと思います。
コチラの場合は弱い風を調整しながら当てる事で、美味しい熟成肉にする事ができます。

ドライエイジングの魅力は熟成香!

ウェットエイジングとドライエイジングがあるとご紹介しましたが、熟成肉の独特の甘い香りやナッティなフレーバーはドライエイジングならではの魅力です!
ウェットエイジングで熟成させた熟成肉はこの独特のフレーバーが出にくく、ドライエイジングだからこそ楽しめます。
この独特な熟成香が醸成される過程やシステムは、今でもハッキリとわかっていません。
科学的にも謎に包まれているんです。
ドライエイジングで熟成させると食肉の周りには微生物や菌が付着するので、この微生物たちの働きによるものかもしれないとも言われています。

正しく付着した菌は『良い菌』

ドライエイジングされた熟成肉の塊にホワホワした菌のようなモノがついている図を見たことのある方は多いと思います。
これは確かに菌や微生物の類です。
通常、微生物や菌によって食べ物は腐りますが、皆さんもご存知の通り熟成肉は腐った肉ではありません。
食肉の回りについている菌はそもそも良い菌なんです。
肉はとにかく栄養豊富なので、微生物たちは喜んで食肉に寄ってきます。微生物がそのままそこで繁殖して肉が汚染されると腐ってしまいますが、熟成肉を扱っている食肉加工・卸し業者のそれぞれの熟成庫内には適切な菌叢が整っていることで肉の腐敗を防ぐ事ができています。
この「適切な菌叢」は、肉を腐らせる微生物とは違って食肉に悪さをしない菌の集まりを指します。
腐らせる微生物よりも悪さをしない『良い菌・微生物』を優勢にする事で、食肉が腐敗に傾くのを抑えられるというわけなんです。
この菌叢と熟成庫内の温度・湿度・風の組み合わせが美味しい熟成肉を作るキーポイントになっています。

安易に熟成にトライするのは危険

「温度1〜3℃、湿度90%以下で肉を保存すれば熟成肉を作れるんだ。意外と簡単じゃん?」
…いいえ、これは違います!ぜひ気をつけてください!!
微生物や菌についてご紹介しましたが、ほんの少しの違いで熟成させていたはずの肉が腐敗に傾いてしまいます。
真空パックを活用したウェットエイジングは真空パックした食肉を低温下で保存する事で食肉の熟成を進める事ができますが、真空パックなしで肉を乾かすドライエイジングの場合は肉の表面にカビや酵母菌が付着していきます。
カビは空気中に胞子を飛ばすので、ドライエイジングしようとして冷蔵庫に入れている食肉から飛んだカビの胞子が他の食材に移って回りの食品を巻き込んで汚染してしまうこともあるんです。
肉が腐って食中毒になる。ということだけではなく、ドライエイジングで食肉を熟成させる過程では他にも様々なリスクが潜んでいることを知ってもらえたらと思います。

隔離された熟成庫と相応の設備が必要!

国内で熟成肉を取り扱って卸している食肉加工工場や業者は、専用の熟成庫と設備を整えて徹底した管理のもとでドライエイジドビーフを作っています。
日本で熟成肉ブームを巻き起こす発端になったニューヨークでも、その他の欧米諸国でも同じです。
熟成庫は別棟の冷蔵庫になっていて、温度管理や湿度管理ができるようになっています。
国内であれば食肉を乗せるためのステンレスの棚が並べられていて、扇風機で室内に風を循環させています。
カビなどの胞子が熟成庫から出て他の肉などを汚染しないように、吸気口にフィルターを設置するのも一般的です。
これだけの設備を整えて管理してもドライエイジングに失敗して肉を腐らせてしまうこともあって、実際私たちもドライエイジングでの熟成肉に取り掛かった頃は何度も失敗を重ねてきました。

トリミングという最後の難関がある!

ドライエイジングで熟成した肉のまわりには、ご存知の通り微生物やカビが付着しています。そして乾かしているので肉の外側は硬く、食べられません。
そこでドライエイジドビーフは出荷する前にトリミングして可食部のみを切り出してから商品にする必要があります。
このトリミングは実は非常に重要で難しい技術です。
肉のまわりについたカビ類が内部のキレイな肉に付着すると、そこで即アウト!
内側の美味しくいただける部分の肉がカビや微生物に感染して汚染されてしまいます。
例えば肉の外側に触れた包丁が内部の肉に触れたり、カビや微生物が付着したまな板に内部の肉が触れてしまえばそれだけで感染リスクが高くなってしまいます。
あとは商品にして出荷するだけだ!となったところでトリミングに不備があれば、市場に出すことはできなくなるんです。
こういったトリミングの知識や技術面から考えてもドライエイジドビーフにはリスクが付いて回るので、飲食店のキッチン内でのドライエイジングも慎重に検討して欲しいなと思っています。
もちろん一般家庭などで「挑戦してみよう!」というのはオススメできません。
ノウハウや経験、技術を持った食肉業者は国内にちゃんといますので、「自分でやる」以外の選択肢も考えてみてください。

小川畜産興業は衛生管理の徹底に力を入れていて、菌数検査を毎週行っています。
スーパーマーケットなどの厳しい衛生基準をクリアした熟成肉を安心・安全に楽しんでいただけるように作っていますので、ドライエイジドビーフに興味のある方はぜひお問い合わせください!