赤身肉ブーム、熟成肉ブームを超えて世間で認知された“熟成肉”。
この熟成肉はなぜ美味しいのでしょうか?そして数ある熟成肉にはどんな違いがあるのでしょうか?
その違いは熟成肉の『定義』に始まり品種・技法など多くの要素が絡んでいます。
一口に熟成肉といってもみんな味が違う!旨味が違う!メニューとの相性が違う!
ここでは美味しい肉を食べるため・提供するために熟成肉について説明したいと思います。
“熟成肉”には定義がない
最初に知った時に衝撃だったのは、熟成肉には明確な定義が存在しないということ。
つまり、専用の熟成庫でエイジングした肉も、冷蔵庫で少しのあいだ保存した肉も、どちらも“熟成肉”とうたうことが出来てしまう…。
でもどう考えてもこの2つの肉が全く違うものだということは明らかです。
熟成させるには技術が必要で、『熟成させる』のと『腐らせる』のは違います。
ここ数年で赤身肉や熟成肉の美味しさが世間に広まって多くの熟成肉が出回ったことで、この肉を熟成させる技術がいかに大切で繊細で難しい事なのかも認知されるようになりました。自前で行う“なんちゃって熟成”ではなく、ハイレベルな技術で作られた熟成肉が求められるのは好ましくて正しい事ですよね。
定義がないからこそ求められるのが目利きと肉選びになってくるのではないでしょうか。
熟成するとなぜ美味しくなるのか?
熟成とは辞書に『成熟して十分な状態になること』『肉や魚に酵素の作用で風味や旨味が出ること』とあります。
はるか昔の時代には何でも生で食べていた人間ですが、もっと美味しいものを食べたい!という欲求を満たすために工夫を重ねて焼く・煮る・燻す・発酵させる…と料理方法を発展させてきました。熟成も食材を美味しくさせる技術。食材の持つ香りや風味を十分に発揮させるのが熟成という方法になります。
まず簡単に説明すると、肉の熟成とは『肉の中のタンパク質が酵素によって分解され、旨味成分のアミノ酸が増えて味わいが増すこと』です。
と畜されると家畜の筋肉は収縮して死後硬直してしまうので、美味しく食べるのには適していない状態になります。この死後硬直している肉を低温状態におくと熟成が進んでいくんです。
<仕組み>
1、時間に従って死後硬直が解除され、筋肉のタンパク質が分解される→肉が柔らかくなる
2、タンパク質が分解されるとうま味成分のアミノ酸が作られ、保水性もUPする
この『死後硬直した肉』の硬直が解けるのにかかるのは、80%解けるのに10日〜14日(牛の場合)と言われます。普段消費者が購入する時点の食肉がこの80%解除くらいになるでしょうか。
そして肉の軟らかさが最大になるのは牛肉ならば21日〜28日くらい。肉が軟らかくなり、うま味であるアミノ酸も増えた状態になっています。
熟成と腐敗の境目は?腐ったら元も子もなし!
熟成は『と畜した食肉を低温で保存する』事で進みますが、これは肉が腐敗に向かっていることだというのも覚えておかなければいけません。うま味を増していくアミノ酸は微生物と反応することで腐敗にも影響しています。
熟成肉と聞くと、微生物や何かしらの菌との反応や効果で美味しくなる…というようなイメージがある人もいるかもしれません。でも詳しい所まで突き詰めると、微生物と熟成の関係についてはまだまだよくわからない事が多いのが現状です。
だから重要なのはいかに微生物とうまく付き合って熟成させるかということ。熟成の基本的な過程は前述したように“タンパク質が分解されてうま味のアミノ酸が形成される事”になります。
熟成させる事は少なからず食材が腐敗に向かっている…という事ですが、どこに腐敗と熟成のラインがあるのか。
腐敗というのは、よく“発酵”と比べて説明されることがあります。日本には世界に誇れる発酵食品が数多く存在しますが、科学的に言ってしまえば腐敗と発酵の仕組みは同じ。ただ私たち人間にとって有益なモノを発酵、有益ではないモノを腐敗と分けています。
この発酵と腐敗の仕組みは、微生物によって変化が起こり有機物を作り出すというもの。作り出されたものが人間にとって有益かそうでないかというのが発酵と腐敗を分けるラインになっています。
肉には本来、微生物は存在しない
私たちが食べる肉の主体になるのは家畜の筋肉です。この食肉の筋肉の部分にはもともと微生物は存在しておらず、汚染されていないキレイなものなんです。
ではどの時点で微生物と反応して腐敗してしまうのか…?それは、と畜してから解体、脱骨、整形、精肉、販売…などの全ての段階において微生物の汚染が起こるリスクが存在しています。
肉は栄養が豊富なので、微生物にとっても天国のような場所。微生物がよろこんで繁殖できる環境が整っています。鮮度を保つために真空パックした状態で仕入れた肉を開封する時にすら、微生物による汚染のリスクがあるんです。
ただし先程もご紹介したように、微生物が熟成肉に与える好影響などについてはまだまだ研究の途中なので、腐敗をコントロールして熟成させることで美味しい肉にするというのが何よりも大事なこと。気をつけなければいけないのは、熟成させるつもりが微生物を増殖させて結果腐らせてしまっていた…という事態。失敗を重ねながら発達させてきた熟成という技術は、なかなか奥深いものがあります。
腐敗と発酵、熟成というのは紙一重のところにあるとも言えそうです。
専門業者がこだわるドライエイジングビーフの管理
肉の熟成にはドライエイジング・ウェットエイジングの手法がありますが、2つの違いは空気に触れさせるが触れさせないかというところにあります。
・ドライエイジングの方が歩留まりが悪い
・ドライエイジングの方が熟成された肉の独特のフレーバーが強く出る
というのが特徴です。
ウェットエイジングの場合は真空パックに入れた状態で熟成させるのに対し、ドライエイジングは空気に触れるので肉の回りに微生物が付着します。この微生物やカビが付いた硬く乾燥した部分は取り除く必要があります。そうすると結局食べられる部分が元の肉の70%、50%しか残らないということになるので、歩留まりが悪い。しかしウェットエイジングでは醸成されにくいうま味やフレーバーがドライエイジングビーフの最大の特徴で長所です。
ドライエイジングは微生物・菌との付き合い方が重要で、専門業者は温度管理や菌数など庫内の環境に非常に気を配っています。
小川畜産興行の熟成肉(ドライエイジングビーフ)は衛生面を重視するスーパーに卸されていることもあり菌数検査を徹底することで安全性にもこだわっていて、“熟成”という科学的には説明しきれないモノだからこそ安全性を担保することに重点をおいています。
通常の菌数検査に加えて大腸菌やサルモネラ菌の菌数検査も定期的に実施する事で、安全安心して取引ができるよう、お客様に提供できるよう、口に入れることができるように常に変わらない品質を保っているんです。
また、歩留まりが悪いドライエイジングという手法ですが、この熟成過程で硬くなった肉の表面を削り取る『トリミング』にも高度な技術が求められます。
なぜかというと、肉の表面に付着している微生物が肉の内面(食べる部分)に付いてしまうと食肉部分まで汚染してしまうからです。食べる部分は柔らかく、カビや細菌が付着していてはいけません。だからトリミングにはかなりのスキルが必要になってきます。
小川畜産興行では衛生管理の徹底のもと、トリミングの技術にもこだわりを持って作業を行っています。
まとめ
熟成肉の製造過程、美味しい理由、そして腐敗と紙一重のところにあるという旨さの理由。
ぜひ自分が熟成肉を提供する・食べる時の1つの指針にしてみてください。